フレキシブル ワークスタイル実現のポイント (5) ~ 現実×仮想のワークプレイス設計

ワークスタイル変革において情報テクノロジーの活用は必要不可欠です。現在のワークスタイルの非効率をもたらしているのは、集合型オフィスに代表される 「現実の」 ワークプレイスにおける物理的な限界であり、それを超えるには、「仮想」 ワークプレイスによる論理設計が必要になるからです。

しかし、情報テクノロジーがすべてを置き換えるわけではありませんし、またそうすべきでもありません。ワークプレイスの仮想化はコストの低減と、新たな人や情報の結びつきを加速しますが、物理的コミュニケーションが果たす質を十分には担保できません。しかし、もっともリッチなFace-to-Faceコミュニケーションにはもっともコストがかかります。ワークプレイスの現実と仮想は対立するものではなく、どちらが主となりどちらがその不足をサポートするのかのバランスの問題です。さらにはその組み合わせにより、どちらか一方では実現不可能な新たな効率をどのようにして生み出すのかを考えるべきです。

物理的ワークプレイスをどうすべきか

ビジネスモデルによって主従やバランスは異なるものの、多くの企業ではまだ物理的ワークプレイスの完全撤廃はできないでしょう。特に大都市圏では、B2B ビジネスにおける顧客やビジネス パートナーの所在地は、一般的な住宅街から遠く離れた都市部であることが多く、また移動手段にかかるコストが低いため、集合型の営業拠点を都市部に設置するメリットはまだそれなりにあります。

しかし、物理的ワークプレイスのみを前提したワークスタイルには、これまで述べてきたような様々な無駄が生まれます。その典型は会議です。顔を突き合わせて話す、という物理的な行為を重要視することで、コミュニケーションは時間だけでなく場所にも縛られることになります。一般に、人よりも会議室の確保のほうが難しいため、従業員の1日は会議室のスケジュールを中心に組み立てられます。開催に時間と手間のかかる会議は、1度により多くの関係者を巻き込もうとする動機を生み出し、それによって会議時間は長くなり、結果多くの人にとって無駄な時間が増えるという悪循環が始まります。テレビ会議のような仮想ワークプレイスでこの問題を解消しようという試みは古くからなされていますが、削減できるのはせいぜい拠点間の移動時間程度であり、悪循環を断ち切るほどではありませんでした。

ここでたとえば、物理的ワークプレイスを仮想ワークプレイスで置き換えるのではなく、仮想ワークプレイスによって物理ワークプレイスの利用効率を向上させる、という考え方をしてはどうでしょうか。たとえば、会議は会議室で行うもの、という前提に立つからこそ場所の制約に縛られるのですから、会議室ではない場所で会議を行えればいいわけです。会議室を使う理由は、プロジェクターやホワイトボードなど共有設備を使いながらディスカッションできる点にあります。一部を除き、社内の同僚に聞かれてはまずい会議などそうはないでしょう。つまり、前述のような共有設備を、それこそオンライン会議のような仮想ワークスペース技術によって代替すれば、話すべき人数が集まれる場所ならどこでも構わないはずです。

日本マイクロソフトでは、各オフィスフロアに 「Hubスペース」 と呼ばれるオープンな集合場所を、50名に1か所程度の割合で点在させています。イスとテーブル、ホワイトボードぐらいは用意されていますので、ちょっとした打ち合わせはここで十分です。資料を使った深いディスカッションが必要な場合も、各人がノートPCを持ち寄って、Lyncのオンライン会議機能を使ってスライドやアプリケーションを共有すれば、モニターやプロジェクターに投影する必要はありません。「相手が目の前にいるのにオンライン会議を使うなんて不自然」 という先入観を捨ててみると、書き込んだ資料の保存やレコーディングなど、むしろこちらのほうが便利なこともあることに気づくでしょう。

このHubスペースを作るためには、その分何かを捨てなければなりません。日本マイクロソフトでは、60%の従業員をフリーアドレス制に移行することで余剰スペースを生み出しました。事前の調査では、デスクスペースは平均すると、一日のうちピーク時でもせいぜい40% しか稼働していないことが分かっていました。これは 6割もの投資が無駄になっているということを意味しており、それをより効率的な投資に振り分けるのは必然です。その分はHubスペース以外にも、機密度の高い会話が必要な場合に利用するPhoneブースや、自販機なども備えたよりオープンな会話ができるスペースなど、会議室ではない様々なコミュニケーション スペースへと割り当てられました。オフィス内ではすべての場所で無線LANが利用できるため、従業員は自分のノートPCを持ち歩くことにより、相手や目的に合わせて自由に場所を選択し、効率的なコミュニケーションを実現しています。これにより、会議室の稼働率は大幅に低下、つまり従来型の無駄な会議が減ったのです。そしてこのようなワークスタイルに慣れたおかげで、自宅や外出先などからのアクセスの際にも、違和感なくスムーズに参加できるようになりました。

場所を問わずにワークスタイルを維持できることが重要

最も重要なポイントは、会社のデスク、会社の会議室、自宅、外出先といったそれぞれのシーンにおいて、仕事のスタイルが大きく変わることを避けることです。場所によってスタイルが大きく変わるようだと、異なる仕事の手順や事前準備が必要となり、ミスや失念も発生しやすく、生産性に差がつくことになります。そうすればおのずと、ワーカーはより慣れた場所、つまり自分のデスクに集合せざるを得なくなります。自らの生産性のマネジメントはもちろんですが、むしろ、同僚に迷惑がかかる、あるいはそうしてまで自分の都合を優先する人間であるという印象を上司に与えることへの恐れが、同僚と足並みをそろえようとする動機を与えます。そこに、組織全体としいてのコストや生産性、環境への影響などという考え方は一切ありません。いくら在宅勤務制度を整えたとしても、経営者や社会が要請したとしても、どこにいても同じ働き方ができ、生産性に大きな違いが生まれないようにしておかなければ、前述のような心理的な壁を超えることができず、その運用は決して長続きはしません。

ワークプレイスの現実と仮想の境界線は明確にすべきではありません。デスクにいようが会議室にいようが自宅や外出先にいようが、常に仮想ワークプレイスにより拡張された現実世界の中で働くことで、自分や相手の状況、目的や場所に応じて、今自分がすべきことがスムーズにできるようになります。日本マイクロソフトでは、2010年2月に本社を移転し現在の体制に移ったことで、3月に発生した東日本大震災当日における安否確認や情報伝達が迅速に行われ、またその後約1週間実施された強制的なテレワーク運用においても、ビジネスを止めることなく、さらには 「通れた道マップ」 や 「放射線情報サイト」 など様々な緊急プロジェクトを立ち上げることができました。これは、オフィスへの出社ができなくなってもワークスタイルや生産性の大きな変化が起きず、自分がなすべきことをなせたからなのです。

このようなお話をすると、セキュリティへの懸念を持ち出される方も多くいらっしゃいます。もちろんその気持ちは十分に理解できますが、これは技術的に解決済みの問題です。この点については次回触れたいと思います。